ロードスターに乗る理由

今年も自動車の納税通知書が届いた。仙台ナンバーに変わって初めての通知書だが、いかにも役所っぽいお堅いデザインの封筒と、今頃という時期が重なって、一目でそれと分かった。

この通知を見ると陰鬱な気持ちがよぎるのは、毎年のことだ。封を切ると自然とため息が出てくる。そして、書面を見て今年も嘆くのだ。あぁ、本当に高いなぁ、と。

マツダ・ロードスターとの出逢いは、高校生になったばかりの頃だったと記憶している。ちょうどクルマに興味を持ち始め、レースゲームにのめり込み、自動車メーカーのカタログを片っ端から集めたりしていた頃だ。私にはクルマ好きの友人はいなかったから、クルマのことを話す相手はいつも父だった。

その父が、ある時、もしスポーツカーに乗るのならロードスターがいい、と言ったことがあった。確か、クルマに対する互いの趣味嗜好を言い合っていた時のことだったと思う。それが、私がロードスターを意識した最初の記憶である。

当時、私は、280psの馬力規制上限ギリギリを攻めるような、国産のハイパワーマシンばかりにしか興味がなかった。JGTC(後のスーパーGT)を見るのも大好きだったが、もっぱら興味があったのはトヨタ・日産・ホンダのワークス3チームばかりで、それ以外には目もくれないような感じだった。だからロードスターが好きだと父が言っても、私には皆目、ピンとくるものが無いのだった。あんなクルマ、屋根の無いカローラみたいなものだ、同じマツダならRX-7の方がいいのに、と。

その時は、ロードスターのことはそれきりで、その魅力について深く考えることは特になかった。その後もクルマ好きは変わらなかったが、スポーツカーを乗り回す友人もいなかったし、都内の大学に通っていた都合上、クルマが絶対に必要というわけでもなかったので、アルバイト代をつぎ込んでまでしてスポーツカーを乗り回すような発想にも至らなかった。

そんな私が、なぜロードスターに乗ることになったのか。

理由の1つに、初めてのマイカーがマニュアルミッション車だったからというのがあった。

豊橋への転勤が決まり、マイカーを手に入れる必要に迫られた2012年。10万キロ超えのオンボロでもよければ、と先輩からタダで譲り受けたクルマは、マニュアルミッションの日産・プリメーラだった。

マニュアルは数年前に教習所を卒業して以来だったので、最初はシフト操作にだいぶ苦労したが、ほどなくして乗りこなすことができた。気が向いたときにどこにでも行けるというのは、かくも素晴らしいことかと思い知らされたものだ。

ところが1年ほど経った頃から、だんだんとクルマの調子が悪くなってきた。塗装はボロボロと剥がれるし、サスペンションのダンパーはスカスカになった。昔は一般的であったオート伸縮タイプのアンテナを、誤って根元から折ったりもした。特にダンパーの劣化は酷くて、わずかな段差を乗り越えただけで車体がビヨンビヨンと上下し、まるでトランポリンに乗っているような状態になった。

いよいよクルマの買い替え時か。

そう考えた時、ふと頭をよぎったのが、またマニュアルを楽しめるクルマ──ロードスターだった。

少しでもクルマのことを知っていれば、ロードスターがどれくらい趣味性に特化した車種であるかは、誰でも分かると思う。2人しか乗れない、荷物もろくに入らない、足が硬くて乗りづらい……。目的でなく手段としてクルマを選ぶなら、まず最初に除外する選択肢である。

それでも私は最終的に、ロードスターに乗ることを選んだ。マニュアルならば他にも車種があるのに、人とは違うクルマに乗りたかったからという、出来心のようなものもあったのだと思うが、今となってはよくわからない。

とはいえ、試乗を機に気持ちが大きく傾いたのは今でもよく覚えている。コクピットのようなこじんまりとした空間にすっぽりと身を収めると、スポーツカー特有の低い目線に驚かされた。幌を開け放った瞬間、雲間からのぞいた太陽の光が真上から降り注ぎ、シートが驚くほど明るく照らされた。イグニッションキーを回すと、車内にいるはずなのにエンジン音がダイレクトに肌に伝わり、マフラーの低く唸る音が真後ろからはっきりと聞こえた。

これがオープンカーか。

そしてひとたび走り始めると、私はたちまちこのクルマの魅力にはまり込んでしまったのだった。路面の状態を克明に伝える硬めのサスペンション。決してハイパワーではないが、踏めばしっかり前に出ようとするエンジン。曲げた分だけ曲がってくれる素直なステアリングフィール。大きすぎず、また小さすぎもしない、まさに人馬一体を具現化したボディ。そしてオープンカー特有の、風を切る気持ちよさ。

あれからもう7年が経つ。4万5千キロだったODOメータは、もうじき桁を1つ上げようとしている。100万円程度で購入した中古車だったが、傷んだパーツの交換やら修理やらで、初期費用も含めれば、新車が1台買えるくらいの経費が掛かってしまった。

でも、それはある意味において仕方のないことだ。我が家のクルマは、初度登録が2003年。17年も経てば色々と出てくる。ちょうど、ロードスターがいいと父が私に言ったまさにその頃に、広島で産声を上げた──そんなクルマに、私は乗っているのだ。

今年もまた、納税通知書が届いた。

この通知を見ると陰鬱な気持ちがよぎるのは、毎年のことだ。封を切ると自然とため息が出てくる。そして、書面を見て今年も嘆くのだ。あぁ、本当に高いなぁ、と。

しかし、その憂鬱は実に些末なものだ。なぜなら、父の憧れたこのクルマの魅力が、今の自分には分かる。幌を開け放った瞬間の感動。クルマと直に対話する悦び。何よりも、風を切って走る気持ちよさ──。不便さを補って余りある、深い魅力を私は知っているのだから。

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