生命とは何か、という漠然とした問いに明快な答えを与える本

『生物と無生物のあいだ』(福岡 伸一):講談社現代新書 製品詳細 講談社BOOK倶楽部
生命とは、実は流れゆく分子の淀みにすぎない!? 「生命とは何か」という生命科学最大の問いに、いま分子生物学はどう答えるのか。歴史の闇に沈んだ天才科学者たちの思考を紹介しながら、現在形の生命観を探る。ページをめくる手が止まらない極上の科学ミステリー。分子生物学がたどりついた地平を平易に明かし、目に映る景色がガラリと変える...

生物と無生物のあいだ。この記事を書いているのは2020年なので、もう13年も前の本になる。サントリー学芸賞に加え、第1回目の新書大賞を受賞した作品でもあるので、ご存じの方もいるだろう。昔読んだこの本を最近再読した。

福岡先生が書く本の何が素晴らしいか。ひとえにそれは、文体の美しさにある言ってもよいと思う。学術的なテーマを扱いながらも、情緒溢れる詩的な表現が随所にちりばめられ、何のジャンルの本を読んでいるのか、時々分からなくなる。データ(今風の言い方ではファクトか 笑)に基づいた論文の執筆を飯の種にしているであろう科学者が書いたとは思えない、実に美しい筆致である。

世界は今、新型コロナウィルスの災厄に翻弄されている。メディアは全体ではなく部分を切り取った過激な報道を繰り返し、SNSでは根拠のないデマ情報が拡散を続けている。そして、それに踊らされる人々のなんと多いことか。

何しろ、我々一般人の多くは、ウィルスと細菌の違いすら理解していないのである。そりゃあ、正しい知識無しに正しい情報選択などできるわけがない。社会人になった今でも、勉強は続けなければならないと思い知らされる。

というわけで、ウィルスと細菌の違いが判らない人はこの本を読みなさい、と(笑)ウィルスのことのみならず、巷で人気沸騰のPCR検査のメカニズムも理解できる。もっとも本書は、ウィルスと細菌の違いだけを論じたものではない。分子生物学創生のきっかけとなったウィルスの発見、DNAとらせん構造の解明、自己複製システムの発見など、ミクロの世界の解明に心血を注いだ研究者たちの功績を紐解く。そしてそれは「生命とは何か」という壮大な謎を解き明かす過程でもある。

ちなみにPCR技術というのは、チャラいサーファーがドライブデート中に唐突に思いついたもので、しかもそれでノーベル賞獲っちゃうっていうトンデモ話だったりする。裏話というのは概して面白いものだ。

さて、生命とは何か。一般的には細胞のように『自己複製するもの』を我々はイメージする。しかそれは、あっているとも言えるし、間違っているとも言える。細菌とウィルスは「宿主を病に冒す小さな物体」という解釈のもと、しばしば混同されがちだ。しかし細菌と違いウィルスは細胞を持たず、どちらかというと「物質」に近い。一方で、プロセスは異なれど両者は共に『自己複製するもの』だという。

本書が解き明かす『生命』の正体を簡潔に述べると、「構成する分子一つひとつが絶えず合成を繰り返し、一方でその端から分解が行われている『場』」。これこそが生命の本質だという。それだけ聞いても、まあ理解はできないと思う。無理もない。この説明にたどり着くまで、実に150ページが費やされるくらいの背景がある。しかし読めば確実に納得できるし、息継ぎしなくても結論にはたどり着ける。なにしろ著者は読ませる力も半端じゃないのだ。核心に接近するほど、福岡ワールドへの没入感が増していくのである。

なお福岡先生は、生命を「分子が一時的に滞留する場」と捉えるこの概念を『動的平衡』と定義し、以来、研究のテーマとされているようだ。公式HPを訪ねると、この『動的平衡』を可視化した幾何学的な映像を見ることができる。

それにしても、こんな情緒的な文章を書く先生、さぞかしミステリアスな方なんだろうと思っていたのだが、この間フツーにバラエティ番組に出演していた。文体が持つ雰囲気と著者自身のキャラクターというのは、必ずしも一致しないのだなぁと思った次第である。

生物と無生物のあいだ
福岡 伸一 著 / 講談社現代新書
ISBN978-4-06-149891-4

福岡先生の著書は、いずれまた別のものを読むことになりそうです。

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