Made in Chinaを軽視すべきではない

色々あって最近は滞り気味だが、少し前まで、週2回を目標にジムへ通うようにしていた。33にもなると体重やら体脂肪率やら、色々な数字が徐々に気になり出したりする。そもそも、車での生活が前提という豊橋の都市構造が良くない。関東に住んでいた頃はネズミのように動きまわったものだが、自動車での移動が日常の今となっては、そんな習慣もすっかり無くなってしまった。

そんな折、ジムの最中に音楽が聴ければと、Bluetoothのワイヤレスイヤフォンを購入した。特別使い勝手がいいというわけではないが、逆に欠点や不満も無い。そして何より、圧倒的に高いコストパフォーマンス。Amazonで高評価を得ているアイテムに、失敗は無いのだ。

最近は、こういう「悪くない」のに「安い」という製品が身の回りに増えてきたように感じる。そしてどれもが皆、聞いたこともない中国のメーカーが作ったものだ。

確かに、IoTに関連したサービスなど、一部の分野においては中国の品質レベルの高さが際立ってきている印象はある。それが、身近な生活用品からも感じ取ることができたことに、若干の驚きと不安を覚えた。

「Made in China」の刻印から連想されるのは、安かろう悪かろうの価値観だ。ハズレを引いても、中国製だからという理由で誰もが納得できる。「Made in PRC (People’s Republic of China)」と表記して、中国製であることをカムフラージュする向きもあるという。そんな粗悪品の代名詞のようなイメージの「Made in China」が、今や安いのに充分な品質を兼ね備えつつあるということなのだろうか。

日本のものづくりは、品質の高さを磨き抜くことで世界と戦っている。品質面で差別化を図りながら、良い価値を、それに見合う価格で提供してきたわけだが、そのような中にあって、人件費の安い他国の製品品質が大きく改善しているのだとしたら、これは危機感を覚えずにはいられない。

島国特有の気質からか、我々日本人は海の向こうのトレンドにとにかく疎い。一昔前のIT革命しかり、ガラパゴスケータイしかり、再生可能エネルギーへの転換しかり。世界の流れが新しい潮目を形成する時にあっても、私たちは内需ばかりを気にして、いつもそれに乗り遅れてきた。

我々の周りに「Made in Chinaは今や素晴らしいものだ」と声高に喧伝する人は、まだほとんどいないような気がする。しかし、あらゆる品物やサービスにおいて、中国の品質レベルが日本と肩を並べる日は、遅かれ早かれやってくるはずだ。ものづくりの一端を担っている身として、脅威を覚えずにはいられない。

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