限界レベルの時間捻出はできないものか

社会人をやっていると、学ばねばならないことが如何に多いかを日々痛感させられる。優秀な人々は有り余る才能を遺憾なく発揮して世の中をどんどん回しているし、若い人々は持て余すエネルギーをフル活用して新しいことに次々チャレンジしている。「停滞は緩やかな死」とはよく言ったものだ。そして終身雇用や年功序列が崩壊しかけている今、職務を超えてスキルを磨くことの必要性は、もはや語るべくもない。

とは言え、日々を忙しく過ごす僕たちは、どうやって学びの時間を確保すればいいのだろうか。

一般的なサラリーマンであれば、1日にのうち8~12時間は職務に従事して、5~8時間を睡眠に充てているはずだ。僕も毎日の就業時間はだいたい10時間くらいで、6時間は眠らなければいけない。

そこから通勤や食事、風呂などの生活時間を差し引くと、なぜか残りは2~3時間程度しか残らない。加えてもう1時間くらいは夫婦の会話に充てておかないと、奥様のご機嫌を一気に損ねてしまう。結局、勉強に専念できる時間は1~2時間程度にしかならない。

このように、万人に等しく与えられる24時間ではあるものの、実効時間は思いのほか少ないものだ。子供のいる家庭に至っては、自由時間など皆無ではないだろうか。

ただ、生活時間はスカスカなパンのようなものでもある。通勤を語学学習に充てたり、スキマ時間を活用するようなことはすぐに思いつく。今回はそこからさらに1歩踏み込み、生活時間を限界まで圧縮することを真面目に考えてみることにする。

思考停止状態を排除する

生活時間における自分の行動をつぶさに観察してみると、「何もしていない状態」が頻繁に発生していることがわかる。僕の場合、帰宅した直後にぐったりと椅子に腰を下ろしてしまったり、食後になんとなくテレビをだらだらと見入ってしまう時間が少なからずある。こういう僅かな時間の集積が、生活時間を無駄に膨れ上がらせてしまう。まずは、こうした思考停止の時間を徹底的に排除することを考えたい。

ポイントは、自分を客観的に観察する視点を持つことだ。認識論で言うところの「主体」に自分自身を置いてしまうと、思考停止状態であることを自分自身が理解できない。自らがどういう状況にあるのかを知覚するには、自分を「客体」として捉える必要がある。頭が回らない状況では殊更気づきにくくなるので、客観視することを習慣化してしまうのが良い。

生活習慣の見直し

無意識にやっている生活習慣にメスを入れ、効率化を追求する視点を持つというのはどうだろう。生活習慣というのはタバコとか酒とか、運動不足がどうした、というような話ではない。

例えば、白米を毎食炊き直すのを辞めて、釜目一杯、5合炊くことを検討してみる。最初の食事に必要な分は茶碗に確保しておいて、残った分は全て小分けして冷凍してしまえば、炊き直す時間と回数を大幅に減らすことができる。最近の冷凍庫はよくできたもので、一度冷凍したご飯でも温め直すと充分美味しい。

あるいは、風呂を洗い上げたスポンジを一旦洗面台に置いておいて、風呂を水で流した後に洗面台をスポンジでさらってしまえば、洗面台を洗う手間は省ける。

このような発想は、製造業におけるコスト対策とよく似ている。ヒトの作業やモノの動きが必要最低限で済むようにラインを設計したり、まとめ生産やロットを大きくすることでセットアップ工数を削減するというのは、ごく一般に行われている。天下のトヨタくらいになると、動作一つひとつまで細かく分析され、それこそ1秒単位の短縮が検討される。わずか1秒でも、1日に何十回、何百回と繰り返される作業は、年間を通してかなりのウェイトを占めるからだ。

僕らの日常生活にも同じような視点を取り入れることで、やらなければならない仕事がある程度圧縮できるはずだ。廊下を何度も往復する作業の連続を見直して、家事を1日あたり10分短縮できれば、年間3,650分、つまり自由な時間が60時間も発生することになる。

時間をお金で解決する、という視点

我々日本人は、何かと手間暇掛けてマメに過ごすことを美徳としがちだ。しかし日々を忙しく過ごさなければいけない現代にあって、そういう考えが賢いとは言えなくなってきている。

3つ目は、時間をお金で解決するという考え方だ。ハウスキーパーを雇うことはできなくても、家電を導入することで時間を買うことはできる。食洗機やルンバを活用することは、決して家事をサボることではない。結果的に整った生活が実現できるのならば、作業をアウトソーシングに出すことは必ずしも悪とは言えない。

休むことも忘れない

このように生活時間どんどん切り詰めていくと、理論上はそれなりに纏まった余剰時間が確保できるようになる。しかし、自分のために創り出した努力の結晶は大切にしたいが、おそらく100%フルには使いこなせない。生活時間の全てをシャカリキになって動き続けてしまうと、脳を休める時間が全く無くなってしまうからだ。「思考停止状態を排除する」と書いたが、思考停止状態は決して不必要なものではない。

ここで大切なのが、休むことも忘れないという視点だ。意識的に脳を休める手段、例えば軽い運動やストレッチ、ヨガ、瞑想(今どきはマインドフルネスか)といったものを取り入れるのが良い、だろう。「だろう」と書いたのは、自分もここまでは実践できていないからだ。瞑想やマインドフルネスは最近になってやけに注目されるようになってきているが、本当に効果があるのかは何とも言えない。とにかく意識すべきは、休むのもメリハリをつけるということだと思う。

 

以上、生活時間をきちんと管理し、余剰時間を最大化するための考察をまとめた。うーん、誰かに見てもらうつもりではなかったので、人様の役に立つかは微妙かな……。全部実践しようとすると家族からクレームが付くこと請け合いですね。特に習慣見直しとか家電導入とか。最後は家族の理解が一番重要、ということなのでしょう。

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