「キラキラネーム」というブームの背景を考える – Yaegumo Photoworks

「キラキラネーム」というブームの背景を考える

プライベートで、これから大きなイベントがやってくる。まぁ早い話が、子供ができた。安定期に入ったわけではないので知人・友人には公表していないが、匿名を前提とする空間なら何言ったって構わないと思って、ここではぶっちゃけてしまう。プライベートでお付き合いのある方は、お察しください。

ま、それはそれとして、そんな経緯から先日、本屋で名前辞典なるものを手にした。いずれ参考にすることもあろう、くらいの軽いノリだ。平積みにPOP付きなのでかなり売れている様子。内容は、漢字1字をピックアップし、どんな意味が込められているかをサラッと解説した後、その1字を用いた名前をいくつか列挙するというものだった。

以前から不思議に思っていたのだが、国語学者でもない一般人が、キラキラネームに代表されるああも難しい漢字を一体どこから、どうして引っ張り出してこれるのだろうか。今回、その本を手にしたことで、長らく抱いていた疑問が氷解した。

本には今風の難読文字を多用した名前がずらりと並んでいた。驚いたことに著者の名前もなんだかキラキラしている。というか、そもそも国語学者ではない。占い師だという。後から調べてわかったが、名付け本だけで100万部以上を売り捌いてきたらしい。キラキラネームはこの人がブームの火付け役だったのではないか?

こうした本は、現代の市場ニーズ、つまり、子供により個性を際立たせたいと願う親が多いという状況を色濃く反映したものと考えられる。一方で、市場に好意的に受け取られたと判断するや、コンテンツメーカーである出版側も、内容をよりエスカレートさせる可能性はあるまいか。人々は、収載された字やそれに関わる名づけ例を、さして深く考えずに安易に採用するかもしれない。日本人の名前にまつわる文化が、数冊の名前辞典を発行する僅かな人々の考えに強く影響を受けていると仮定すると、とても恐ろしいことだ。

一般論を言えば「どんな子に育ってほしい」みたいな前提がまずあって、身近にいる恩師や尊敬できる人から一字貰ったりしながら熟慮に熟慮を重ね、少しずつ決め込んでいく。名付けとはそういうものだし、そうしたプロセスを踏めばキラキラネームにたどり着くことはあまりないのでは、とも思う。

もっとも、批判を恐れず敢えて言うと、名前なんてただの記号でしかないわけだから、さしたる重要性も無いといえば無い(ちなみに僕は仏滅の挙式を賛成するくらいには現実主義なので、字画なんかも全然気にしない)。名前一つで人生決まるほど簡単なものでもないし、どんな名前を付けるのかよりも、どう育てるかということのほうがよっぽど重要だと思う。だから別にキラキラネームでもいいっちゃいい。

じゃあおざなりに決める主義なのかというと、もちろんそんなことはない。周囲の目も「しがらみ」も気にするし、「そうは言ってもね」という部分も大切にしてしまう、僕は中庸のど真ん中を行く、ごく普通の日本人だ。

それはともかく、怪しいカタログから気に入ったものをピックアップして、その理由を後付けしているかのように見える今の名づけ方には、コンテンツメーカーの感覚が織り込まれてしまうリスクを強く感じてしまう。キラキラネームを付けることは手軽さを伴う「ファッション感覚」だ、と批判されることがしばしばあるが、それ以上に、日本人の文化を揺るがす深い問題が実は横たわっているような気がしてならない。

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