SNSとの付き合い方を再考する

少し前に「高収入の人ほどFacebookの友だちが多い」というような内容の記事を読んだ。友人1000人超えを目指すメリットだとか、内容は概して下らないものだったが、ある一節にはやけに目を惹かれた。

「現実の世界で付き合いのある人としか繋がりを持とうとしない人がいるが、それはもったいない。SNSは新しいコミュニケーション手段なのだから、それをもっと活用しない手はない」

確かそんなことが書いてあったかと思う。元記事をリンクできればいいのだが、残念ながらそれすらも記憶にない。

ところでこの一文は、まるで僕のことを説明しているかのようだ。「SNSはネット上に緩いつながりを形成するもの」というのは理解しているのだが、タイムライン上で重視しているのは現実世界の知人・友人ばかりで、対面で会話したことのない他人と繋がることには、どうにも抵抗感を覚えてしまう。

SNSは当初、実社会の繋がりをネット上に再現し、実社会におけるコミュニケーションをより活発なものにするような位置づけであったと思う。例えばmixiのように。そこはあくまでクローズドの世界であって、実社会のプライバシーが保護された環境だ。そしてそこはムラ社会に属した時のような、ある種の居心地の良さみたいなものもあったような気がする。

だがtwitterやFacebookの台頭で、その役割はすっかり変わってしまった。見ず知らずの他者と次々繋がる事を良しとするシステムが、対面前提という考え方を維持することをだんだん難しくしてきている。友達の友達や赤の他人と仲良くするなんて性に合わない、と言ってSNSを離れていく人も多いが、SNSを自分に合わせるのではなく、SNSに合わせて自分の考え方を柔軟に変化させなければ、現代のSNSには最早ついていけないのかもしれない。

SNSは今後、僕たちの日常生活にどこまで浸透するのだろう。やがては、学校や職場、地域社会といった実社会のコミュニティーに並ぶもう一つの存在にすらなり得るかもしれない。そうなったとき僕らオジサンたちは、SNSに対する認識を古いままにして、柔軟な考えを持つ若い世代たちと対等に渡り合えることが果たしてできるのだろうか。

そう考えるようになって以来、僕も少しSNSとの付き合い方を変えてみて、見ず知らずの他人との繋がりを楽しんでみようと思うようになった。SNSには承認欲求との戦いという別の問題もあるのだが、それについては気が向いたときに改めて考察してみたい。

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